ご挨拶
こんにちは。
最近漢方を飲み始めて、
世の中にこんなに不味い飲み物があるのか!
と信じられない気持ちで過ごしているひーちゃんです。
「良薬口に苦し」という言葉ですが、
昔の人はうまいこと言いますね。
きっとこの諺を作った方は、
私が今飲んでいるような漢方を飲んで
そう思ったに違いないと勝手に想像しています。
さて今日は、
愛媛に引越してから我が家にできた
「贈り物文化」について書きたいと思います。
移住して贈り合い文化が生まれた
皆さんは、誰かと贈り物のやりとりをしていますか?
私はずっと東京に住んでいて、
親戚も友人も東京にいたので、
何かを贈り合うといえば誕生日くらい。
あとは、旅行に行った時のお土産を渡す程度でした。
しかし愛媛に引っ越してからというもの、
自然と贈り合いの文化が生まれました。
その理由を考えてみると、
「贈りたいと思える旬のものが身近にあった」
というのが一番大きかったように思います。
愛媛といえば、もちろんみかん。
そして畑を始めてからは、
玉ねぎやじゃがいもなどの日持ちする野菜。
以前書いた、
ゆず茶やゆず胡椒といった加工品もそうです。
さらに、旅先で出合った
「これは美味しい」「これは面白い」と思った食材を
リストアップして、友人に贈るようになりました。
この前、実際にあったこと
先日、東京に行った時に物価高に驚いた話を書きましたが(ブログ)、
「こんなに国産の柑橘が貴重なら」と思い、
紅マドンナや温州みかん、国産レモンを
詰め合わせて友人や親戚に送りました。
すると、予想以上に喜ばれました。
東京では紅マドンナがなかなか手に入らず、
初めて見たという人もいました。
「こんな風に食べたよ」と
写真を送ってくれたのですが、
それが想像以上にお洒落で。

自分にはなかった発想で、
逆に知識という贈り物をもらった気分になり、
とても嬉しかったです。
その親族はコーヒー屋さんをやっているのですが、
お礼にと焙煎したコーヒー豆とお菓子を送ってくれました。

東京にいた頃は、
こうしたやりとりはほとんどなかったので、
「外に出ないと分からない文化もあるな」と
改めて感じました。
贈り合いについて思うこと
ちなみに、
贈り物をするときに見返りは一切期待していません。
純粋に「美味しい」「良い」と感じたものを
好きな人とシェアして楽しめたら、それで十分。
もちろん、味覚なので
相手に合わないこともあると思います。
でも、違った意見を聞けたなら、
それはそれで相手のことを
より知るきっかけになるなと思っています。
江戸時代の合理的な贈り合い文化
ふと贈り合い文化に触れて、
「昔はどうだったのか?」と気になり、
調べてみました。
江戸時代から贈り合い文化はあったようですが、
実は今よりもずっと合理的だったそうです。
というのも、
今のように感情や気持ちを中心にしたものではなく、
生活を成り立たせるために必要な仕組みだったから。
国があまり助けてくれなかった
江戸時代は、
今のような保険や福祉制度がありませんでした。
医療費はすべて自己負担で、
何かあった時に頼れるのは「人」だけ。
だからこそ、
日頃から人間関係を切らさないために、
贈り合い文化が自然と根付いたようです。
移動が少なく、人間関係が逃げられなかった
交通網が発達していない時代だったため、
人の移動は限られていました。
今のように、
スマホから連絡先を消したり、
SNSでブロックしたりするような
人間関係のリセットはできません。
つまり、
一度関係性がこじれると
一生気まずい思いをする可能性もある。
だからこそ、
関係性をなだらかに保つ手段として
贈り合い文化が必要だったようです。
現金が不安定だった
江戸時代の経済の基盤は、
お金ではなく「米」でした。
- 年貢 → 米で納める
- 武士の給料 → 米(石高)
- 身分や力 → どれだけ米を生み出せる土地か
このように、
国の仕組み自体が「米基準」で成り立っていたため、
現金はあまり流通していませんでした。
価値の序列としては
米 > 現金
だったわけです。
江戸時代の貨幣制度

さらに、
流通していた通貨も用途別・地域別に分かれていました。
- 金(小判)=枚数基準
- 銀=重さ基準
- 銭(銅)=数える
今の外国通貨のように両替が必要で、
手数料もかかるため、
日常使いにはとても不便。
また、
庶民が贅沢になることを恐れた幕府の方針もあり、
現金は意図的に流通量を抑えられていました。
その結果、
庶民は物々交換や口約束などで
生活を成り立たせていたようです。
つまり、
お金に依存しない社会設計そのものが
贈り合い文化だったとも言えます。
空気感を言語化しない技術
個人的に、
これが一番面白い発想だと思いました。
日本には昔から、
- 本音を言わない
- 直接お願いしない
という文化があります。
(この言語化についての話はまたいつか書きたい)
贈り合うという行為は、
「ありがとう」
「今回は頼みたい」
「今後もよろしく」
といった気持ちを、
言葉を使わずに伝えるための技術
だったように思います。
高価なものではなく相手を思う気持ち
当時は現金の価値が不安定だったため、
贈り合うものも日常的で実用的なものでした。
- お米
- 野菜
- 乾物
- 地元の名産
自分が持っているものを相手と交換することが、
生活の一部だったようです。
これは、
畑をやるようになった今の自分には
とてもよく理解できます。
「高いもの=良いもの」ではなく、
相手の暮らしを思うことこそが、
人付き合いにおいて大切だったんですよね。
贈り合いは当たり前の処世術
こうして考えると、
江戸時代において贈り合いは、
生きるために必要な技術だったのだと思います。
善意だけで成り立つものではなく、
持ちつ持たれつのための、現実的な処世術。
この事実を知って、
自分が過去の日本を少し美化しすぎていたことにも
気づきました。
都会で贈り合い文化をしなかった理由
そんな歴史を知ったうえで、
東京にいた頃を振り返ってみました。
「贈りたいと思えるものがない」
「贈ったもの評価が怖い」
「お返しを強要しているような気持にさせないか?」
要は、送った相手からの評価を気にしすぎてしまう部分にあったのかなと。
江戸時代は移動することが難しく、
その地域で生きていくためには必須のスキルでした。
しかし今は、移動が当たり前の時代。
助け合うために贈り合う必要がなくなりました。
むしろ贈ることで、
気を遣わせたり、評価を気にしたり、
面倒な感情が生まれてしまう。
だから贈り合いの文化がなかったように思います。
心地よいやりとり
移住してからそれが自然にできるようになったのは、
畑で気軽に野菜をやりとりできる人たちに出会えたから。
田舎には、
まだ助け合いの文化が残っていて、
贈ること・受け取ることに
慣れている人が多いと感じます。
そこに貨幣が絡まないことで、
気兼ねのないやりとりが生まれているのかもしれませんね。
まとめ
今の時代、気兼ねなく贈り合うことは
簡単ではなくなりました。
それでも、
贈り合いを楽しめる人と
価値を交換し合いながら、
豊かに生きていけたらいいなと思います。
ここまで読んでくださった皆さま、
ありがとうございました。

